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双極性障害の当事者による自己コントロールの1つとして、規則正しい生活を送り概日リズムを整えるという作業があります。

生活のリズムを常に整えなければならない私達にとって、海外旅行というのは大変リスクのあるイベントです。時差のある国への移動により、一時的に概日リズムが乱れてしまうからです。

そうとはいえ旅行というのは生活の中の楽しみのひとつであり、それを厳しく制限するというのは、とても残念なことです。

躁転のきっかけになるリスクはあるといっても、体調の波が安定していてかつ服薬などの自己コントロールが出来ているのであれば、医師のサポートの元、十分に楽しむことは可能です。

などと言ってはおきながら、実は私自身残念なことに旅行先で躁転するという悲しい出来事を体験をしたことがあります。

今日はその時のことを思い出しながら、経験談を書かせていただきたいと思います。



減薬による自信

当時はまだ、双極性障害と疑われていた段階で、確定診断はされていなかった頃の話です。もちろん私の方に病識はまったくありませんでした。

その時は、ちょうど半年間かけてやっと減薬が終わり睡眠薬のみを服用していた頃でした。

薬に頼らなければ生きていけなかった私には、薬を飲まなくてもしっかり立てていることは非常に大きな自信となっていました。

そしてどうしても叶えたかった自分の夢を実現させるのは、今しかないと主治医を説得し、南アジアのとある国を1ヶ月かけて1周する旅に出ました。



初めての旅

それは初めての海外旅行でした。しかも一人旅、ツアーではなく全ての行程を自分一人でアレンジするバックパッカースタイルの旅でした。

全ての体験が初めてで、言葉の壁もありとても困難ではありましたが、たくさんの温かい現地の方々の親切のおかげで、どうにか夢は果たせ無事に帰国をすることになりました。

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予期せぬトラブル

そして予定通りチェックアウトをし、荷物を抱えてドアを開けようとしたその時、突然ゲストハウスのスタッフに大きな声で呼び止められました。

「経由地の空港が封鎖されたから、少しここで待ってて!」

と言うので、何のことだか分からずにフロントに戻ると、

「元の部屋をそのまま使っていいから、情報が入るまでここにいて下さい」と。

その時点ではまだテレビで速報が流れたばかりで、詳しい状況がまったく分からない状況でした。

ことの事態を全く把握していなかった私は、「滞在が延びたぞ、やったー」
と、喜んで遊びに出かけるほどのんきに過ごしていました。

しかし翌日になっても、言葉がわからない為に状況がよく分からず、帰国が1ヶ月先になるかも知れないと噂も出始め、ようやくそれがとんでもない事件であることに気付きました。




ゲームのような感覚に

そのまた翌日になって、初めて私の乗るはずだった航空会社のオフィスに出向いてみると、もうあり得ないほどの人だかりでとてもチケットを買い求められる状況ではありませんでした。

それから2日ほど頑張って交渉をしたのですが、やっとのことで手に入れたチケットも、実は確約のものではなく、まず乗ることの出来ないほとんど偽物のようなウェイティングリストのチケットでした。

そうして毎日オフォスで怒鳴ったり胸ぐら掴んだりとしているうちに、少しずつそれがゲームのような感覚になっていきました。

だんだんと頭の回転が速くなり、話せないはずの英語をバンバン口にし出すようになり、まるで悪の航空会社と闘う勇者のような興奮した状態になっていきました。(もちろんその時は全く気がついていませんでした)

眠れなくなったり食欲がなくなったりしたのは、不安や鬱のせいだとその時は思っていました。

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帰国後も続く

そしてようやく手に入れたチケットを持って帰国をしたのですが、さらに空港でオフィスのスタッフにビザの期限が切れたのは私のせいではないと、大騒ぎをして無理矢理会社に罰金を払わせたり、機内で隣に座ったアメリカ人に嫌な顔をされながらも到着までずっと話し続けたりと、どんどん自分が止められなくなって行きました。

帰国してもその状態がずっと続いていて、自覚がない状態でどんどん頭の中にアイデアが競うように浮かび出し、ひたすらしゃべり続けていたのを覚えています。

運が良いことに、帰国の2日後に受診の予約をしていました。




躁転の現場を押さえられる

私は主治医にその一部始終を話したくてうずうずしていたのですが、出国前の自分は主治医の前では具合が悪くてほとんど自分から話すことをしなかったため、旅の話しを始めようとした瞬間、主治医は急に手を止めてこちらに体を向けました。

そして私に突然外出禁止令を出し、メールも電話も一切禁止にしました。
当時取材に協力していたテレビ局の方とも絶対に連絡をとってはいけないと強い調子で言われ、

「言うことが守れなかったら入院させる」と脅すような口調で指示をしてきました。

そしてせっかく減薬をして抗鬱剤などをすべてカットしたばかりだというのに、
今度はデパケンやセロクエルなどを処方され、何があっても必ず服用するように強く指示をされました。

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よく分からないままに薬を飲むと一日中倒れるように眠り続け、そして夕方になると毎日のように主治医から電話がかかって来る日が一週間ほど続きました。

そして一週間ほど過ぎた辺りで、ようやく元のおとなしい普通の人に戻ることが出来ました。

これは後になって当時を振り返ったことを書いたのですが、当時のことはこれくらいしか思い出せません。

しかもその当時はそれが躁状態だなんてこれっぽっちも思ってはいませんでしたので、その後双極性障害と疑っている(というよりすでに診断されていた)主治医に腹を立て、1年間拒薬ををしたほどです。



おわりに

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私の場合は旅行先での予期せぬ事態のせいで躁転してしまったわけでなのですが、こういった予期せぬトラブルというのは、海外ではいつ起こっても不思議ではありません。

ですからすでに双極性障害と診断されている人であるならば、なおさら思いつく限りの準備をしなければなりません。

それらの思いつく準備については、簡単にですが こちらで書かせていただいていますので、もしよろしければそちらを参考にして頂ければと思います。

主治医や家族に協力してもらうことは必須の旅ではありますが、その分たくさんの思い出や土産話を持って無事帰国することで、それらの人々を安堵させ喜ばせることが出来ます。

そしてそれらの経験は、きっと当事者の皆さんに大きな自信と自己肯定するチャンスを与えてくれることと思います。

私の負ともいえる躁転という経験が、皆さんの旅の準備をする上での参考になれれば幸いです。

最後まで読んで下さいましてありがとうございました。

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