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以前「幼少期の体験」についての記事を書かせていただいたことがありました。

★記事はこちら★双極性障害の発症原因のひとつ「幼少期の体験」について考えてみました。

その記事を書きながら、ふと昔読んで衝撃だった本のことを思い出しました。

トリイ・ヘイデンの著書シーラという子という本です。少し古いですがベストセラー本でしたので、ご存知の人の方が多いかも知れません。この本はだいぶ昔に読んだものなのですが、私の人生の中で最も影響を受けた本の中の1つです。


シーラという子

実はこの感想文から自分自身の感情的な文章を省くことが一番大変な作業でした。この本には自分と重なる文章が、あまりにも多く散りばめられているからです。

初めて読んだときのような衝撃は、2度目はそれほど強くは感じないだろうと思っていましたが、それはまったく見当はずれでした。

ネタバレの内容が含まれていますので読まれていない方はご注意ください。


シーラという子 - One Child

この本のテーマは言うまでもなく「児童虐待」です。

それとは別にこの本にはキーワードとなる言葉があります。それは「飼いならす」です。

この「飼いならす」という言葉はこの本にとって大変重要な意味を持ちます。この言葉はこの本の鍵といってもいいでしょう。

そしてこの本の流れと併行していつもそこにあるのは「信頼関係の構築」です。

シーラは母と子の信頼関係が最も必要な幼少期に、求めた愛情を残酷な形で裏切られるという恐ろしい経験をしている子供です。ですから彼女の中に信頼という言葉は存在しません。

シーラは生まれてたったの6年間で、一般の人間には一生かかっても経験することが出来ない忌まわしい体験をこれでもかという程与えられます。

車の窓からまるでゴミを捨てるかのように、母親から高速道路上に放り出され、怪我をした身体で必死に金網にしがみついた女の子を今まで見たことのある人なんているでしょうか。

その後シーラは傷害事件を犯し、たった6才にして身柄を拘束されます。

そして州の精神病院に収容することになるも空きがなく、しばらくの間トリイという教師がいる「情緒障害」のある児童の教室に通うことになりました。

それがシーラとトリイの出会いです。



野生動物の本能

人は自分の意志で生まれる環境を選ぶことは出来ません。

6才にして一人で自分自身を守らなければならないという環境は、非常に過酷です。ジャングルに放り出された、生まれて間もない野生動物と一緒です。彼女の環境はまさしくジャングルで生き延びる野生動物そのものです。

全力で戦わなければ決して生き延びることが出来ない状況であれば、誰もが凶暴で攻撃的になるのは当然のことです。

彼女のIQの高さはどうしてそうなのかを説明することは出来ませんが、真実でないことを前提とすれば、彼女の置かれた野生動物のような環境が導いたものではないかと密かに考えています。

とにかく彼女は生き延びました。彼女なりの方法で。野生動物の本能のままに。

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トリイの情緒障害児への関わり方

トリイは情緒障害児を受け持つ教員です。大学時代にボランティアで障害児と関わったことがきっかけでこの道に進みました。

今までたくさんのケースを経験して来たトリイにとって、シーラは最も特別な子でした。トリイの経験の中で、これほど扱いにくい子供は初めてだったと彼女は言います。

トリイは感受性が強く、時に仕事以上に生徒と関わってしまう所があります。

そのことは本人自身が一番よく分かっていて、それが自分を苦しめる材料になることもよく理解しています。しかし教師であるが故に別れ方も熟知しているため、そのことが彼女を冷静な教師で居続けさせているのでした。

トリイはどんな小さな子供に対しても、敬意を表し、自分の気持ちをきちんと伝えようとする教師です。一見冷たいようにもとれる言葉であっても、正直に伝える事が相手に対しての誠意だということは、私も常日頃感じている事なので、とても共感出来る態度だと思います。



コーボルトの箱

この箱は仲間の良い所を観察したり、お互い親切にし合うという気持ちを育てるための箱です。この箱に仲間の良い所を見つけて、その子の良かった行いを紙に書いて箱に入れるという仕組みです。

その中からトリイが選んだものを、毎日みんなの前で読み上げることで、子供達は自分の名前が読み上げられるのを楽しみに、ますます親切の輪が広がっていきます。

けれどシーラはどうしたら自分の名前をたくさん書いてもらえるかが分かりません。今までシーラは生き延びる事に必死で、人との関わり方を知りませんでした。全ての人間は自分を脅かす敵だと信じていたからです。

そんな彼女が、1度も体験した事のない誰もが当たり前に身に付けているはずの、「友達との関わり方」「人に対する思いやり」を学ぶ大きなきっかけとなったのはこの「コーボルとの箱」という存在なのです。

コーボルトの箱にシーラの名前が増えていく事は、シーラが人を思いやることを習得していく姿をはっきりと証明している事を表しています。

彼女の生きてきた環境の中に「ありがとう」「どうぞ」と言う言葉が存在しなかった事を、残念ながら私は理解する事が出来ます。

なぜなら私も生まれてから5年までの間、「おはよう」「ありがとう」「ごめんなさい」という基本的な言葉を知らずに育ったからです。初めてその言葉を知った時、激しい衝撃を受けた事がいまだに忘れられません。


二人の存在

トリイはシーラに対して教え子以上に感情移入をしています。

1人の子にだけ気持ちが入ってしまうことは、教育者にとってあまり良い事ではないことは当然のことであるのは確かです。しかし彼女だって人間です。

私も職種は違いますが、仕事柄かトリイと同じような経験が何度もあってそれを周囲に悟られてしまうことが度々ありました。感情移入は私の仕事上における最大の弱点でした。

そのせいで私は彼女の胸の奥にある葛藤を痛いほど理解するのですが、彼女は私と違い大変聡明です。

トリイは「別れる時に辛い思いをしても、思いっきり愛した方が良い」という当時の教育者の中では少数派の考えを持っています。深入りせずに効率的に教えるなんて出来ないと考えているからです。

「人が人に与えられるもので思い出ほど素晴らしいものはない」と信じていたからです。

私の中にはシーラとトリイの二人が同時に存在しています。シーラほど過酷な人生でもなければ、トリイのような聡明さもないけれど、確かに二人は私の中にどちらも存在します。

コーボルトの箱から分かるシーラの人との関わり合いの乏しさと私の幼少期、そしてトリイの「別れる時に辛い思いをしても、思いっきり愛した方が良い」という仕事上では少数派である考えとその葛藤。

読み進めるほどにその思いは確信となっていきます。

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トリイの助手アントン

アントンの存在も忘れてはいけません。

アントンもシーラと同じ季節労働者キャンプに住んでいて、トリイの助手という形で現場で働くスタッフの一人です。

彼はこの教室で関わる子供達とトリイに強く影響され、生きる選択を大きく変えていくことになります。

普通一般社会で働いていくためには、学歴と資格は大変強い見方になります。季節労働者キャンプで暮らすアントンはそのどちらも持っていませんでしたが、その代わり彼は素晴らしいセンスと向上心を持ち合わせています。そして妻と子供という大切な味方も存在します。

彼の家族は皆、一家の大黒柱であるアントンをとても誇りに思っています。そういった支えとトリイの教室で働き始めた経験が彼を大きく変えていくのです。

トリイとの信頼関係もアントンにとっては重要な意思決定の役割を果たしました。

高校さえ卒業していないアントンが、教職の免許を取るにはどれだけの時間とお金が必要なのかがトリイには分かっていました。

しかし最後の章で彼はトリイに誕生日プレゼントを渡します。それは彼に大学への入学許可を知らせる一通の手紙でした。その時のトリイとアントンの微笑みの間に、まるで私もそこにいるかのような幸せな気分を感じました。



飼いならす

最初にお話ししたようにこの本のキーワードとなる言葉は「飼いならす」です。

「飼いならす」とは、「星の王子様」に出てくるキツネと王子様の会話に出てくる言葉のことです。

星の王子様はキツネから、「飼いならす」ことの意味を教わります。そして王子様はキツネを飼いならし、大切な友達になります。星の王子様にとってキツネは、たった一人の特別な存在になるのです。

トリイはシーラを「飼いならし」、シーラはトリイを「飼いならし」ます。

飼いならした人は飼いならされた人に責任を持たなければなりません。責任とはお互いが愛し合っている事を忘れてはならないということです。

「飼いならす」という意味は大人ほど理解が出来ない言葉かも知れません。知っていることと理解することは別だからです。

シーラは6才にしてこの言葉の意味をこれでもかというほど理解することになります。それは同じ6才の子供には体験することのない、たくさんの抱えきれない問題と直面してきたからこそです。

二人は大きな事件が起こる度に、必ず最後はキツネと王子様が描かれたこの本を読むことで、お互いを受け入れ修復してきました。

シーラはトリイと最後のお別れをするまで、すり切れた「星の王子様」の本をずっと胸に抱えています。それが二人が飼いならしあったことの証なのだと思います。

人は別れがあること、そしてそれは辛くて涙が出ること、別れたとしてもお互いが愛し合い続けることには変わりがないことを、シーラは「星の王子様」から学びました。

そのことがあったから、人にぶたれても叱られても、悲しい時でさえ決して泣くことのなかったシーラが、6年分の涙を流してトリイとの別れを乗り越える事が出来たのです。

少し前に述べた、私の中にシーラとトリイの二人が存在するとお話ししたのは本当のことです。そして二人の間にある「星の王子様」の本は、私にとっても人生を繋ぎ止めた大切な本であったことを思い出させてくれました。



愛情を与えられる義務

本来なら愛されるべき人に愛されるどころか、存在そのものを否定される苦しみは、幼少期の体験の中で最も過酷なものだと思います。

心身の安定に不可欠な最低条件とは、まず生活環境が安全に保たれている事、なおかつ人間関係が信頼感で結ばれていることの2つです。

特に幼少期の心の安定にこの2つは決して欠かす事のできない大きな要素となります。

トリイとシーラが過ごしたのはたったの6ヶ月間ですが、この6ヶ月間でトリイを通して信頼関係を育むこと、そして人は自分を脅かすものだけではないということをシーラは学ぶことが出来ました。

子供には愛情を受け取らなければならない義務があります。

本来ならそれは両親から与えられるべきものですが、心の傷を最低限に押さえることが出来るならば、誰であっても良いはずです。

甘えられない両親と一緒に暮らすことに比べれば、それはずっと幸せなことではないかと私は思います。

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追記

病前、私は依存症と言えるほどの活字中毒でした。しかし休職を経て退職後、一切本を読むことをやめました。依存を乗り越えたという意味では良いことだったのかも知れませんが、そのせいで今はまったく本が読めなくなってしまいました。

そんな私がこの本を読むということは、大きなチャレンジでもありました。

実際この本を読み切るまで3週間かかりました。そしてたった1つの感想文を書き終えるまでを合わせると、実に1ヶ月もかかりました。

しかしこの事は私を変える大きなきっかけとなった事は確かです。この達成感は他の何よりも代え難いです。

粗末な感想文でしかありませんが、最後までお付き合いくださった方々に心から感謝致します。