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JR中央線の三鷹駅南口を出て左に曲がるとすぐに、井の頭公園へと真っすぐに向かう並木道が見える。それは「風の散歩道」と呼ばれる遊歩道で、玉川上水に沿った緑の遊歩道は私のお気に入りの散歩コースである。

特に朝の気持ちの良さは格別で、今朝は早起きをしたので久しぶりに歩いて井の頭公園まで行ってみることにした。早朝は人通りも少なく空気はひんやりとして、ここしばらく私を覆っていた暗雲がきれいに取り払われたような気さえして、とても気持ちが良かった。



途中やや年配の女性が連れている人懐っこいパグが、私に近づいてしっぽを振ってくれたので、飼い主の女性と挨拶を交わした後、ひとしきりじゃれて遊んでもらった。

そしてさらに真っすぐ歩きながら、昔の職場で一緒に働いていた女性に言われた言葉を思い出していた。

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ある朝の通勤途中、彼女は同じく職場へ向かうを私を見かけたと言い、

「◯◯ちゃんが真っすぐ前を見ながら歩く姿って、◯◯ちゃんの性格そのまんまだよね」と笑った。


その女性はとても良い人で、それは一応褒め言葉だと言ってはくれたけれど、それは違うんですとは言えずその時はただ笑うしかなかった。実際それはまったくの見当はずれの言葉だったから。

あの時前を見て歩いていたのは自分の能力が完全に限界を超えていたからで、必死で前を見なければ、とても職場に辿り着くことなんて出来ない状態だったからだ。

あの後間もなく自力で職場へと辿り着くことが出来なくなり、自宅と職場の往復タクシー代はとんでもない額になった。そしてそれからしばらくして、タクシーを呼ぶエネルギーすらなくなり、力尽きて休職したんだったっけ。


ああもうまったく朝から嫌な事を思い出しちゃったな。

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気を取り直してさらに散歩道を真っすぐと先へと進むと、太宰治が入水自殺をしたといわれる地点へと辿り着く。今ではこんな小川のような所に足を入れたところで未遂にすらならないが、昔は川の水が深く自殺の名所だったのだそうだ。

彼は境界性人格障害とも双極性障害とも、またそのどちらともであったといわれている。

中学時代に私は友人と「太宰治なんて大嫌い。自殺をしたいなら誰かを道連れにしないで、一人で死ねばいいのにね」と話をしたことがあった。

今でこそ、それは病気のことを理解しない人の発言で、そんな事を健康な人が言ったら患者側は大騒ぎをして非難したであろう禁句だ。

そして今私はそれらの人達とまったく同じ、非難する側の人間として生きている。


「生まれてすいません」

太宰治はそう言った。それが盗作だと言われたとしても、その言葉は彼の真の心の声であったと、今の私は理解できる。

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人の言葉はその時の個々の状況により変化する。だからその時相手が発した言葉にたとえ傷ついたとしても、その相手が死ぬまでその発言を繰り返すかどうかは分からない。

人の状況は永遠に同じではない。だって人との関係は変化するものだから。その人も病気をするかもしれないし、本人でなかったとしても親しい人がそうなるかも知れない。


自分だって過去に知らないで人を傷つけたことが、なかったと言えるだろうか。


周りの景色は時代と共に少しずつ変わっては行くけれど、玉川上水は今もここを流れているし私は相変わらずこの道を歩いて井の頭公園へと向かう。

健康だと思っていた頃も、すっかり変わってしまったかのような暮らしをしている今も、発する言葉は変わっても自分は自分であり続けることには変わりない。

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井の頭公園の四季の移り変わりの中に、身を置くようになってどれくらい経つだろう。

井の頭公園には「思い出ベンチ」というのがある。

都立公園などにベンチを個人や企業が寄付をして、そのベンチに寄付をした人の名前とメッセージの書かれたプレートを貼るというものであり、いくつも置かれたベンチには沢山の思い出の言葉が刻まれている。

私が時々座る、池が間近に見えるお気に入りのベンチにはこう記されている。


「妻とともに歩いたこの公園よ、永遠に美しく」


時代は変化しても、二人が歩いた思い出は永遠に変わらないということを、その人は知っているのだ。

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過去の誰かや何かを、そしてその時の自分を川の流れの中に放ってしまう事が出来たなら、その先にどんな世界が広がっているっていうんだろう。緑の覆う風の散歩道を、流れに逆らいながら帰る道の中で、掴めそうで掴めない、あと少しだけ足りないものの存在が頭から離れなくて、ずっと考え続けていた。