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自分の生きる人生を愛せ。
自分の愛する人生を生きろ。
ボブ・マーリー


長い期間、寝たきりに近い生活を送っていた頃。

服薬量が増えるのと比例して、身体が思うようにならなくなり、怒りや悲しみの感情が強くなる一方で嬉しさや楽しみの感情がほとんどなくなっていました。

当時は不安症状と不眠が主訴で、一日中続く動悸と目覚めた時の強い不安の恐怖から、目覚めるのが怖くて怖くて毎晩たくさんの睡眠薬を服用していたのでした。



その頃の私は完全に人生をあきらめていました。



目の前にある、気の遠くなるような苦しさから逃げたくて自分がしていた事といえば、現実から逃げる為にただ布団の中に隠れて1日をやり過ごす事くらいのものでした。

いなくなりたくても、いなくなることの出来ない自分を責めながら、どうすることも出来ない絶望感の淵で、みじめに布団の中にもぐり続けるしかなかったのです。



忘れていた夢

ある時、自分から望んだわけでもない転機が訪れました。

一見それは、あまり良い転機とは言えないものでした。

1人暮らしで食事や清潔の保持、安全の確保など自立した生活を送るのが不可能になり、転居をすることになったのです。



そこで出会った新しい主治医の治療方針は、私にはまったく理解出来ませんでしたが、半年ほどで身体を起こせるようになり、多少の外出も出来るようになりました。



私はそれまで症状の苦しさから人生をあきらめて暮らしていましたが、もしも病気が良くなることがあったとしたら、もしそんな日が来るとしたなら、一度でいいからやってみたいことがありました。

それは忙しかった頃の夢だったバックパッカーとして海外を旅することでした。

どうしても見てみたい景色があったからですが、それは叶うはずもない、自分の生きている世界とは無縁の夢でした。

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結果を先に言ってしまうと、私はその夢を見事叶えました。

まだ起き上がれるようになったばかりで、うつも不安も不眠ですら治ったわけではありませんでしたが、それでも夢を叶えるのは今しかないと思いました。

そうでなければ、もうこんな風に身体を起こせる日は二度と訪れないと思ったからです。

この先もし、二度と身体を起こせなくなったとしても、この夢が叶うのならまったく構わないと思いました。

ただこれはあきらめなかったから夢が叶ったというのとは違います。棚ぼた式に巡ってきた運のようなものでした。

それと私の希望を叶えようと協力してくれた、主治医を含めた周囲の人達のおかげでもありました。

☆後編に続きます→コチラ
簡単にあきらめない。成長思考へと変化させてくれた旅。(後編)