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信頼する人の言葉

言葉は一度発すれば、たとえそれが本心ではなくても発した人の言葉となります。

もしその言葉が嘘であったとしたら。

私はそれが嘘と気付いた後も、その言葉を飲み込むことがあります。

嘘だと分かっていてもです。

嘘だと知っていても知らないふりをして飲み込むのは、信頼している人、信じたい人の言葉です。

私を納得させたい、安心させたいと思って出た嘘は優しさから出た言葉で、それを知っていて飲み込んだ私もまた嘘つきです。

お互いが納得した嘘なら、それは嘘ではなく本物。

言葉には、たとえ真実ではなかったとしても発すれば本物となり、自分や他人へをも影響を与える強いパワーが宿っているのです。



必要な言葉

診察時に医師は、主に支持的精神療法に基づいた会話の中で患者さんと関わっています。

患者さんの訴えや、悩み、不安を受け止め、適切な言葉をかけて患者さんの回復へのモチベーションを上げたり、自分を肯定し自立するための支えとなっています。

診察時にかける言葉というのは、医師自身の思う本当の言葉かけであることもあれば、必ずしもそうではなくても治療上必要な言葉である場合だってあるわけです。

決して自分の考えだけを押し付けているのとは違います。

患者さんの状態によっては、その言葉が死を思いとどまるほど大きく影響力を与えることさえあると思います。

良いことでも悪いことでも、本心であろうがなかろうが、患者さんは医師の言う言葉に大きく影響されます。

それは皆さんが日々十分感じていることではないでしょうか。



言葉は文字にすることも出来る

突然親しい人に悩みを打ち明けられても、すぐには言葉が見つからず、その場ですぐに声をかけてあげられないこともあるでしょう。

それでも私達は子供の頃に文字の読み書きを習い、そして紙とペンを持ち、それによって後からでも気持ちを伝えることが出来ます。

たった1行だけの手書きの手紙に、心が救われることだって大いにあります。

紙に書かれた差出人の筆跡を見て、心に温もりを感じたことはありませんか?

文字というのは、恥ずかしくて直接伝えることが出来ない言葉でさえも、相手に届けてくれる素晴らしいものです。

またメールというたった数秒で相手に届けられる便利なものでも、もちろん十分かも知れません。



届けたい人にだけ届けばいい

人生に悩むすべての人に言葉を届ける必要なんてないですし、そんなことまではさすがに出来ません。

言葉は自分が一番届けたい人に届けばそれで十分でしょ。

どんなにつたない言葉であっても、届けたい人に届けばいい。

たとえその時には相手の心に届かなかったとしても、もしかしたら何年も経ったある日、突然その人の心に蘇る事だってあり得ます。

もし逆の立場であったなら、人の言葉をよく噛まずに飲み込んでしまうのではなく、なぜ今その言葉を自分に伝えようとしたのかを、考えて消化出来るようになりたい。

信頼関係というのは、最初はたわいもない言葉から始まるものだし、積み木のように重ねたり崩れたりを繰り返し、時間をかけて築くものだから。

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言葉を信じ、人を信じる

心の中で考えたり実際に発する言葉というのは、すぐに目に見えて自分の生活に影響を与えるものではないかも知れません。

それでも自分自身でさえ気付かない心の片隅で、確実に根を張り日の光を浴びて成長しています。

たとえ今の自分にはそぐわない、やけに前向きな言葉を発したとしても、自分自身に嘘をつくのとは違うと思います。

人には元々、どんなに苦しい状況の中にいたとしても、その中に小さな希望を見いだし、前に進もうとする本能が備わっているからです。

私達は生まれた時から人生を悲観し、誰の言葉も信じられず、自分の殻に閉じこもっていたわけではないんです。

本気でものを言うつもりなら、

言葉を飾る必要があろうか。


- ゲーテ



☆この記事は前の記事「他と共に喜びあえる人であれ」と対になっています。