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近所の歯科に通い出して、1年が過ぎた。

名前を呼ばれ椅子に座り、エプロンを付けて台が下がるまでの間、毎度毎度よぎる「呼吸がおかしくなったらどうしよう」という不安感。

今でも出来れば避けたいという気持ちには変わらないけれど、治療に通い始めて1年が経ち、今はほぼどうにか克服出来たかなと感じている。


恐怖を覚えた出来事

この頃いろんなことを思い出す。

ある日いつもように美容院でシャンプーしてもらっていると、突然呼吸が苦しくなって、逃げられない状況に恐怖を覚えたこと。

吐血して初めて胃カメラを受けた時、身動きができない状態で、呼吸がおかしくなり死ぬんじゃないかと震え上がった時のこと。

電車の中で呼吸が苦しくなって、ホームで泣きながら発作が治まるのを待っていた寒い冬の日のこと。

一番ひどかったのは、夜突然呼吸がおかしくなり、吸い込んでも吸い込んでも肺に酸素が取り込まれない感覚になって、死ぬんじゃないかとたまたま家にいた友人に救急車を呼んでもらい大学病院へと運ばれた時だ。

「息が出来ない!息が出来ない!」と叫びながら激しく暴れ、壁を殴り、口に押し当てられた紙袋を振り払い、長い髪は涙と吐物でぐしゃぐしゃになった。



自分のことは分からない

「こういうのをもしかしたらパニックって言うのかなあ、パニック障害の人って大変なんだろうなあ。」

その頃は漠然とそう思っていた。

人のことは客観的に見られるし、病名の予測もつけやすいけれど、自分のことはよく分からない。教科書と実際の症状が、うまくリンクしない。

わたしの場合はそれがパニック発作だったのか、過呼吸発作だったのかは、誰にも、主治医にさえこれらの症状を話した事がなかったので、分からない。

でも今となっては余計な知識を頭に入れなかったことが、逆に良かったのかも知れないなと思うようになった。



克服するのは大変だけれど

恐怖心が強くて避けたいのは山々だとしても、日常生活に支障をきたしては社会人として生きていくのに大きな障害になる。

美容院に行くことも、電車に乗ることも、私の生活において避けられないことで、そんなことで仕事を辞める訳にはいかない状況だったから、必然的に回避ではなく、克服するしか私には選択肢がなかった。

誰にも相談出来ずに不安に押しつぶされそうになりながらも、ひとり孤独の中果敢にチャレンジした日々。

美容院も歯医者も、怖いしさぼったりもしたけれど何とか通い続けた。電車だって未だに緊張がよぎるけど、それでも乗り続けている。100%OKではないし、大好きになったわけでも決してないけれど、克服するってこういうことなんだと思っている。

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もう一度人生を楽しみたいから

「不安と回避の悪循環」とは、不安を避ければ避けるほど、不安の感情が強くなることを言う。避けることは回復を遅らせるばかりか、かえって症状を悪化させる要因にもなる。

何らかの不安障害を抱えた人なら、そんなことは言われなくても分かっているはずだし、私だって頭では理解している。それを乗り越えるハードルの高さは、刑務所の塀以上に高いものだということも、恐ろしいほど良く知っているつもりだ。

けれど結局は、誰にでもいつか乗り越えなければならない日がやってくる。それは私にもやって来たし、今恐怖におののいている人達にもいずれやって来るだろう。

覚悟を決めるのには勇気がいる。

それでもその日は1日でも早い方が良い。人生の時間は有限なのだから。

1人で乗り越えなくたって、主治医や家族や友人、いろんな人に声をかけて伴走してもらえばいい。運が良ければついでに人間関係だって修復出来てしまうかも知れない。

1日でも早く乗り越えて人生を楽しみ直そう。人生は楽しい方が良いに決まってるもの。



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