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正月明け、私が病気で退職するまでお世話になっていた、職場の先輩と久しぶりに会った。

彼は私の退職後、随分と出世していて、今はある部署のトップとして活躍している。彼は立派な経歴を持つ人にも関わらず、私のような前線から脱落した人間とも、何の分け隔てもなく友人のように接してくれる素晴らしい人間性の持ち主で、私は彼を先輩として、とても尊敬している。


先輩は私と会うとすぐに、去年入職した新卒のスタッフの話を始めた。

「去年は新人が鬱になって大変だったんだ」

「でももう先輩は、私や他の人のうつのケースにも立ち会ったことがあるし、うつ病のスタッフの対応は慣れてるじゃないですか」と私が言うと、

「いやあ、今回は大変だったんだよ」と、その経緯を話してくれた。



うつ状態になった新卒スタッフ

その子は新卒として4月に先輩の職場に配属されてしばらく経った頃、家族から「毎日泣いて家に帰って来るんです」と電話が来たそうだ。

本人に話を聞くと、職場の先輩スタッフとの関係で悩んでしまったらしい。かなり追い詰められている様子だが、仕事を頑張りたい気持ちは強く焦っているようで、先輩が

「まだ先は長いんだから、少しゆっくり休んで来年からまた新卒として働き始めても遅くはないんじゃないか」

と話したが、焦燥感が強く絶対に辞めたくはないと言うのだそうだ。



取りあえず1ヶ月休職させ、復職後は仕事量に配慮し同期と同じペースではなく、まずは簡単な仕事だけを与えながらサポートしたそうだ。

他の先輩スタッフ達からそれぞれ違うやり方で仕事を教えられ、分からなくなって悩んでしまった時も、

「俺が教えたこと以外のことはしなくていい、他のスタッフの言葉は全部無視しろ」

と本人に強く言ったそうで、私は先輩の強引なくらいのリーダーシップが、不安定なうつ状態の人をかえって安心させることを知っていたので、感心しながら話を聞いていた。

そうやって半年以上、話を聞いたり指示をしながらサポートしているうちに、どうにかこうにか職場や仕事にも慣れて来た様子で、忘年会には無理して来なくてもいいと、本人に配慮したのも杞憂で、周りのスタッフと楽しく会話している様子に先輩も安堵したようだ。

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私も役に立ちたい

「お前に会わせて話をさせようかとマジで思った」

と先輩は私に言った。私は

「必要なら喜んで会いますよ」と答えた。

初めてのうつは、本人をとても混乱させる。同病者に話を聞いてもらい、共感し合いながら自分を認めてもらえることで、心に自信が蘇ることもあるだろう。

お世話になった先輩の役に立ちたいという気持ちも強かったから、そんな風に言ってもらえてうれしくもあった。



理解者がいれば焦らなくていい

私の主治医は以前、

「新しい仕事に慣れるまでには半年くらいは見ておいた方が良い。その間はとても大変だけれど、半年くらい経つとようやく慣れて、うつ症状も落ち着く人が多いようですよ」

と話していた。


本人の病状の詳しいことについては私には分からないが、初めて臨床に出た時は誰でも緊張するものだという事は知っている。私自身も辛くて泣いて帰った経験は度々ある。

心が繊細でナイーブな人は、先輩スタッフの何気ない一言に感情が大きく揺れることもあるだろう。新しい環境に順応するのが得意な人もいれば、そうでない人だっている。

そういった環境に置かれれば、普段健康な人でもうつ症状が出たってなんらおかしくはない。


その子だって、辛いながらも周囲に1人でも理解者がいて、1年近くかけて少しずつ慣れているのであれば、このまま見守ってあげれば、泣いたり落ち込んだりしながらも、ゆっくり成長して自信が持てるようになる日だってやがて来るだろう。

少なくとも私の先輩は私が尊敬するだけあって、その子を見捨てるようなことは決してなかったし、その子が彼の部下であることは、その子にとってラッキーなことなのは間違いない。

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生き甲斐は仕事以外に見いだす

先輩は、仕事仕事と焦っているその子に対して話したことがあるらしい。

「仕事なんて、ただの仕事。俺がなんで今まで仕事して来たかといえば、結局は好きなバイクに乗り続けたかったからで、そのために今も働いてるんだよ。仕事なんてそんなもんだ」

それとは別に、私が仕事で焦っていた頃主治医に言われたことがある。

「仕事を生きがいにするのではなく、生きがいは別の場所で見つける方が良い。仕事は仕事だからそれなりにしっかりやるけれども、それはそれ」

私は主治医に言われてハッとしたけれど、先輩はこんなこと人に言われなくても最初から分かっている人なんだ。

こんな人が上司で、新人さんは幸せだなあ。先輩の元で働いていれば、新人さんは安心だ。私がその子に会って話をする必要なんて、まったくなかったのは言うまでもない。