泣くとスッキリする。今日は一日中泣いたせいか、夕方には腫れぼったい瞼とは正反対の清々しい気持ちで、どこか幸福感すら感じていた。


対岸の彼女を一気に読み終える。


「私っていったいいつまで私のままなんだろう」

専業主婦の小夜子の問いかけから始まったこの物語は、彼女自身が悩みながら試行錯誤を繰り返し、ようやく最後にその答えを生み出す。明るい未来を予感する、読後感の良い作品だ。

小夜子の葛藤話と併行して、小夜子とはまったく関係のない高校生、葵とナナコの話がじゃばら折りのように連なっていく。

どちらの物語にも共通するのは、「閉塞感」だと私は感じた。







葵とナナコは、自分の意思ではどうにもならない不自由な現実から逃避を試みる。

がしかしどんなに逃げてもループのようにぐるぐると、同じ場所へ戻されてしまうことに気付き絶望して行く。

葵は心の中で叫ぶ。
「なんであたしたちは何も選ぶことが出来ないんだろう。何かを選んだつもりになっても、ただ空(くう)をつかんでいるだけ」

「大人になれば自分で何かを選べるようになるの?大切だと思う人を失うことなく、行きたいと思う方向に、まっすぐ足を踏み出せるの?」









近所のママ友達が他のママをバッシングする様子と、高校の時に1人の子を敵にしてみんなで強く団結したこと、その団結が驚くほど脆かったことと重ね合わせて小夜子は思った。

「何のために人は歳を重ねるんだろう」

なんのために歳を重ねたのか。人と関わり合うことが煩わしくなった時、都合良く生活に逃げ込むためだろうか。

小夜子はある出来事を通じて気付く。

「人が歳を重ねるのは、生活に逃げ込んでドアを閉めるためじゃない、また出会うためだ。出会うことを選ぶためだ。選んだ場所に自分の足で歩いていくためだ」



物語はじゃばら折りのように正反対に重なり合いながら、気付くとある地点でばったりと、まるで運命のように合流する。

そして抜け出したはずのループに、また引き戻されそうになっている大人になった葵に、人生を諦めかけていた小夜子が自ら答えをたぐり寄せ、一歩踏み込むことによってようやくそれぞれのゼロの地点へと到達する。



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人間はぐうの音も出ないくらい辛い時、誰かに話を聞いてもらうことをやめる。不幸自慢が出来るほどの、苦しみの数値を表現する為の適切な日本語が存在しない事を悟るからだ。

そしてこぞって不幸自慢をする友人達の話をただ黙って聞く側となり、何も知らない友人達は「悩みがなくていいなあ」とあなたを羨ましがる。あなたはきっと少し淋しそうな笑顔を作り、何も言わないだろう。



人生の悩みの答えとは、行動と体験の中に隠されていることが多い。

私は学生時代、すでに人生を諦めていたし、生きることにも絶望していて、すべてを捨てて逃げ出したいといつもいつも考えていた。

どこでもいい、現実が追いかけて来られないほど遠い場所へ逃げ出したい、自由になりたい。私は物語のナナコのように強く思っていた。

大人になってもその思いは強くなる一方だったが、辛い出来事の中である時、諦めることを諦め、半分目をつむりながら目の前の怖さに向き合ってみたことがあった。くるりと向き合ったらいったいどうなるだろう。

ほんの少し事態が変わった。灰色の雲の切れ間に小さく光が差し込んだように感じた。

その時ようやく気付いた。

苦しみは、逃げれば逃げるほど大きくなる。どんなに遠くへ逃げても必ず捕まる、今度はもっと大きくなって。






同じく学生時代、私は大人になれば自由になれると思っていた。

厳しい学校であれもダメこれもダメと言われながら過ごしたせいか、自由になれたといえばなれた気がする。物質的にも法律的にも。

けれど早い時期から強制的に自立しなければならなかった私には、責任が自由を飲み込むほど大きくのしかかっていたのも事実だった。



大人になった葵は自由なようでいて、心の中はそうではなかった。

小夜子は家庭での責任を果たす能力が自分には欠けていると悩んでいた。


大人になって自由に生き方を選べるようにはなったが、責任は学生時代よりずっと大きくて逃れられないし、ましてや逃げる選択をすればさらに自由は遠くなる。

だがしかし小夜子が気付いたように、年を重ねるのは逃げるためではなく、出会うことを選ぶためであり、選んだ場所に自分の足で歩いていくためなのだと私も思う。

自由とは自分自身で答えを見つけ出したその場所を、自分自身が目指すと決めた時に、自ずと得られるものなのかも知れない。そうだとあえて強く信じてみる。


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ところで私は、外で小説が読めない。涙が止まらなくなった時(かなり高確率)、泣き顔を周囲にごまかせなくなって危険だからだ。

だからこの物語は決して外で読んではいけないと、最後に泣き虫なあなたへ忠告して書き終えたい。


読み返したくなる本です

対岸の彼女 (文春文庫)